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私たちの目標は、DNAに書かれた「生命のプログラム」を解き明かし、その知見を、産業や医療に役立てることです。生命のプログラムの解読は、生命科学の時代と呼ばれる今世紀の最重要課題です。この問題の解決が科学と社会に与えるインパクトは、物理法則の発見と同等以上であり、人類の持続的発展に大きく寄与することが期待されます。

新井研究室では、この目標に向かって、次のような研究を行っています。

1.産業や医療に役立つタンパク質をデザインする

(1)抗がん剤や抗アレルギー薬として利用可能な新規タンパク質の設計
(2)バイオエネルギーをつくる
(3)農業生産を効率化するための有用酵素の開発
(4)細胞内に存在する物質を定量するためのセンサータンパク質の開発
(5)抗体精製に役立つアフィニティーリガンドの創製

2.タンパク質のフォールディング問題を解く

(1)タンパク質のフォールディング反応機構の解明
(2)天然変性タンパク質の機能発現機構の解明
(3)タンパク質の構造ダイナミクス解析と機能制御法の開発
(4)ミュータノーム解析に基づくタンパク質構築原理の解明
(5)食品タンパク質の物性解析

タンパク質の物性研究とは

タンパク質工学とは

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1.産業や医療に役立つタンパク質をデザインする


 生体内での様々な反応を担っているのは、DNAではなく、タンパク質です。タンパク質は、触媒や結合といった働きを通して、物質を生産したり、病原体に結合したりして、生命を維持しています。このような働きは、産業や医療にも役立ちます。目的に応じて、役に立つタンパク質を自由自在にデザインすることができたら、私たちの生活はとても豊かなものになるでしょう。タンパク質のフォールディング問題の解決は、このような未来と直結しています。フォールディング問題は確かに難問ですが、着実に進展しており、おそらく今世紀中に解き明かされ、産業や医療の現場でタンパク質が大いに役立つ日が来ると期待しています。
 私たちは、実際に有用タンパク質を設計し作製することによって、デザイン法を発展させ、フォールディング機構の理解を深めることを目指しています。具体的には、次の2つの手法を用いて、以下の目標1〜5のようなタンパク質のデザインに取り組んでいます。

[手法1.理論的設計] 計算機を用いて有用な新規タンパク質を理論的に設計し、産業や医療に応用できれば、私たちの生活は一変するでしょう。あと数十年後にはそのような時代が来ると期待されています。現在私たちは、そのような夢の実現に向けて、医薬品の開発などに役立つタンパク質の理論的設計に取り組んでいます。
 具体的には、Rosettaというタンパク質分子設計ソフトウェアを用いて、ターゲット分子に結合するタンパク質や、触媒反応を起こす酵素の立体構造とアミノ酸配列を設計します。そのあと、実際にタンパク質を作製し、設計通りの機能を有することを確認します。このような設計方法は、現在のタンパク質デザイン分野における最先端手法です。

[手法2.進化分子工学実験] 大量の変異体をランダムに、もしくは網羅的に構築し、その中から高機能化した変異体をスクリーニングします。これを繰り返して「人工進化」を高速に行い、有用タンパク質を創出します。


(目標1)抗がん剤や抗アレルギー薬として利用可能な新規タンパク質の設計

 生体内では、例えばAとBという2つのタンパク質同士が結合するとガン細胞が増殖したり、アレルギー反応が起きたりするといったケースが多々見られます。それらのタンパク質間結合を阻害する物質を作ることができれば、抗がん剤や抗アレルギー薬として使用できると期待されます。具体的には、Aというタンパク質にBよりも強く結合するタンパク質や、Bというタンパク質にAよりも強く結合するタンパク質を作ることができれば良いわけです。
 そこで私たちは、このようなタンパク質やペプチドを、Rosettaを用いた理論的設計法や様々な合理的設計法によって新規創製することを目指して研究を進めています。

(目標2)バイオエネルギーをつくる

 東日本大震災後、震災復興のために、生命科学研究の立場から、私たちにできることはないだろうか? 私たちなりに真剣に考え、出した答えが、「バイオエネルギーをつくる」ということでした。この間の経緯については、次のリンクをご参照ください。
    「バイオエネルギーをつくる 〜私たちの決意表明」
 バイオエネルギーとは、生物から作られる軽油、重油、エタノール、水素などのことであり、化石資源や原子力発電などに代替するエネルギーとして注目を集めています。ラン藻などの藻類は、軽油や重油に相当するアルカン(炭化水素)を作ることができます。このような生物が物質を生産するには、何等かのタンパク質(酵素)が働いているはずです。それらのタンパク質を高活性化し、アルカン合成を飛躍的に高効率化できれば、バイオエネルギー生産の実用化も夢ではありません。また、藻類は光合成によってアルカンを合成できるため、燃料の使用後に排出された二酸化炭素を再び燃料に戻すことができます。したがって、藻類によるバイオエネルギー生産は、「カーボン・ニュートラル」な再生可能エネルギーと位置づけることができます。
 私たちは現在、ラン藻由来のアルカン合成関連酵素に注目し、それらを高活性化して、軽油の生産を高効率化させることを目指した研究を展開しています。その目標達成のためには、網羅的変異解析、進化分子工学、X線構造解析、NMR法、計算機モデリングなど、手段を選ばずに、全力で取り組んでいきます。

(目標3)農業生産を効率化するための有用酵素の開発

 農業においてリンは肥料の重要な成分ですが、その原料であるリン鉱石は100年以内に枯渇すると予測されています。それゆえ、持続的な食糧生産を可能とするためには、少量のリン肥料であっても植物が効率的にリンを取り込めるようにすることが必要です。現在私たちは、これを可能とする有用酵素の開発をすすめています。

(目標4)細胞内に存在する物質を定量するためのセンサータンパク質の開発

 細胞内に存在する物質を可視化できれば、その物質がいつ、どこに、どのくらい存在しているのかを明らかにできます。これによって、病気の発症メカニズムの解明や、生命科学の基礎研究の発展に貢献できます。現在私たちは、理論的手法を用いて、このようなセンサータンパク質の開発に取り組んでいます。

(目標5)抗体精製に役立つアフィニティーリガンドの創製

 抗体は、生体内での免疫応答における重要なタンパク質であり、細菌やウイルスなどを認識して結合し、病気を防いでいます。現在、抗体は医薬品として使われ始めており、副作用の少ない次世代医薬品として注目されています。
 抗体は培養細胞の中で作られますが、その中から抗体のみを取り出して精製するときには、親和性クロマトグラフィーという手法が用いられます。このクロマトグラフィー用カラムに入っている粒子(Resin)には、抗体のみに結合できるタンパク質(Protein Aなど)が付加されています。このようなタンパク質のことを、アフィニティーリガンドと呼びます。中性pHにおいて、培養液を親和性カラムに流すと、抗体のみがカラムに結合し、不用成分はすべて洗い流されます。通常では次に、pHを酸性にして、抗体をカラムから取り外します。しかし、抗体は酸性pHで部分的に変性し、凝集体を形成する可能性があります。このような凝集体が医薬品に混入すると、副作用を生じる可能性も指摘されています。
 そこで、安心・安全な医薬品を作るには、できるだけpHを中性に近い条件で抗体をカラムから解離させる必要があります。私たちは、フォールディング研究から得られた知識を応用して、このようなアフィニティーリガンドのデザインを行っています。











2.タンパク質のフォールディング問題を解く


 DNAに書かれた遺伝情報は、RNAに転写され、タンパク質へと翻訳されます。合成されたタンパク質は、アミノ酸が鎖状につながった一次元的な紐に過ぎず、このままでは機能を発揮できません。紐状のタンパク質は、特異的な三次元の立体構造を形成する(フォールディングする)ことによって機能を発現できるようになります。つまり、遺伝情報発現の最終段階は、タンパク質のフォールディングというプロセスです。
 では、あるアミノ酸の配列が与えられたとき、タンパク質はどのような立体構造を形成し、どのような機能を発揮するのでしょうか? また、タンパク質は、どのようにして特異的な立体構造へとフォールディングするのでしょうか? これらの問題を総称して「タンパク質のフォールディング問題」と呼びます。この問題は、第二の遺伝暗号解読問題とも呼ばれ、50年以上も未解決の難問です。
 この問題を解くためには、生物、物理、化学、バイオインフォマティクス、タンパク質工学などの実験的・理論的手法を駆使し、手段を選ばずに研究をすることが大切です。私たちの研究室では、様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まり、新しい手法の開発と応用、および、実験と理論の融合を心がけながら、研究を進めています。主に次のようなテーマに取り組んでいます。

(1)タンパク質のフォールディング反応機構の解明
  〜タンパク質は、どのようにして特異的な立体構造へとフォールディングするのか?

 タンパク質が、合成時と同様のほどけた状態から、特異的な天然構造へとフォールディングしていく反応過程を直接観測することにより、タンパク質のフォールディング反応のメカニズムを解明します。
 具体的には、様々な分光学的手法と高速反応計測法を組み合わせることにより、反応速度や反応中間体の描像を明らかにします(下図)。また、分子動力学シミュレーションなどの理論的手法により、原子レベルの分解能でフォールディング反応の様子を明らかにすることを目指します。さらに、タンパク質がとりうる構造の「自由エネルギー地形」を描くことが可能な統計力学理論の開発を行います。このように理論と実験の両面から、タンパク質のフォールディング現象に迫っていきます。
 このようなタンパク質のフォールディング反応機構についての知見は、産業利用可能な様々なタンパク質を工業的に生産する上で極めて有用です。私たちは大腸菌を用いたタンパク質の大量発現や、タンパク質のリフォールディング(巻き戻し)においても多くの経験を有しています。






(2)天然変性タンパク質の機能発現機構の解明

 従来、タンパク質は、特定の立体構造を形成して初めて機能を発現すると考えられてきました。しかし、最近発見された「天然変性タンパク質」は、生理的条件下では変性した構造を持ちますが、標的分子の認識という機能発現に伴って初めてフォールディングすることがわかり、従来の固定概念をくつがえす新たなパラダイムとなっています。しかも、天然変性タンパク質は高等生物が持つタンパク質の約4割を占め、転写・翻訳・シグナル伝達などの重要な生命現象に関与しています。そこで、天然変性タンパク質のフォールディングと分子認識のメカニズムを明らかにし、天然変性タンパク質の機能発現機構の解明を目指します。
 現在、ヒト免疫不全ウイルスHIV-1由来の天然変性タンパク質Tatや、HER2結合タンパク質Herstatinなど、病気に関わる様々な天然変性タンパク質について研究を進めています。






(3)タンパク質の構造ダイナミクス解析と機能制御法の開発

 タンパク質は、フォールディングして特定の構造を形成したあと、石のように固まっている訳ではありません。タンパク質は熱的揺らぎなどによって、まるで生きているかのようにダイナミックに動き、多様な機能を発揮します。生物の生き生きとした動きは、タンパク質の特性に由来しているのです。そして、このようなタンパク質の振る舞いは全て、タンパク質のアミノ酸配列の中にプログラムされています。
 そこで私たちは、タンパク質がどのように動いて機能を発揮するのかを、核磁気共鳴(NMR)分光法などを用いて解析しています。特に、最もダイナミックに動くタンパク質である天然変性タンパク質や、ダイナミクス研究における代表的なタンパク質であるジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)などを用いて研究を進めています。
 さらに、得られた知見に基づいて、これらのタンパク質を高性能化(高活性化)する変異体を構築することにより、タンパク質の機能を制御する方法の開発を目指します。

(4)ミュータノーム解析に基づくタンパク質構築原理の解明
  〜あるアミノ酸配列が与えられたとき、タンパク質はどのような立体構造を形成し、
   どのような機能を発揮するのか?

 アミノ酸配列情報のみから、タンパク質の立体構造と機能を予測可能にすることは、生命のプログラムを解読することそのものです。この問題を解決するには、配列・構造・機能についてのデータベースが必要です。そこで、タンパク質に様々なアミノ酸置換変異を網羅的に導入し、各変異体の構造と機能を測定することにより、配列・構造・機能のデータベースを構築します。そして、このデータベースを解析し、配列情報のみからタンパク質の構造・機能を予測する方法を開発することを目指します。このように、網羅的な変異体のデータベースに基づく解析のことを、ミュータノーム解析と名付けます。ミュータノーム(mutanome)とは、変異体(mutant)+総体(-ome)という意味の造語であり、新たなオミクス解析技術です。
 現在、アルカン合成に関与する酵素をモデルに用いて、ミュータノーム・データベースの構築を行っています。このデータベース構築は、有用なタンパク質のデザインにも直結します。

(5)食品タンパク質の物性解析

 食品の中にはタンパク質が多く含まれています。例えば、牛乳にはαラクトアルブミンやβラクトグロブリン、卵にはオボアルブミンやリゾチームといったタンパク質が大量に含まれています。私たちはこれまで、こうしたタンパク質のフォールディングや変性などの物性を物理化学的な手法を用いて詳細に解析してきました。これらの知見は、食品加工などにおいても大いに役立つと期待されます。