まず初めに、生物物理学とはどのような学問かをご説明いたします。
             そもそも物理学とは? それは、「自然現象を支配する
普遍的法則を、物質を
要素還元し、物質要素間の
相互作用として理解する学問」です。ここでのキーワードは、「普遍的」「要素還元」「相互作用」です。
             では、生物物理学とは? それは、物理学的な方法、すなわち、上記のキーワードに基づいて、生命現象を理解しようとする学問です。
             生命現象を「要素還元的」に見てみましょう。生命現象をミクロに見ていくと、それを駆動しているのは、DNAや蛋白質といった生体分子であることがわかります。つまり、生命現象は、
            
 ・DNAの持つ遺伝情報の発現過程
             ・蛋白質などの機能の発現過程
            に要素還元化することができます。
             したがって、生物物理学とは、「生命現象を支配する普遍的なメカニズムを、DNAや蛋白質などの生体分子間の相互作用として理解する学問」と言うことができます。
            
            
            
            
            
            
             DNA(デオキシリボ核酸)は、
塩基と呼ばれる物質が、数珠のように長く連結された鎖から出来ています。このような鎖が2本集まって、二重らせん構造を形成します。
             塩基には
T, C, A, Gの4種類しかないのですが、これらは様々な組み合わせでつながっています。したがって、DNAの塩基配列は、1次元的な長い文字列になっています。この文字列が、DNAの持つ遺伝情報です。
            ATGGTTGGTTCGCTAAACTGCATCGTCGCTGTGTCCCAGAACATGGGCATCGGCAAGAACGGGGACCTGCCCTGG
            CCACCGCTCAGGAATGAATTCAGATATTTCCAGAGAATGACCACAACCTCTTCAGTAGAAGGTAAACAGAATCTGG
            TGATTATGGGTAAGAAGACCTGGTTCTCCATTCCTGAGAAGAATCGACCTTTAAAGGGTAGAATT
                                  DNAの塩基配列の例
            この文字列の中に、いつ、どこで、どの蛋白質が働くべきかという情報が書かれています。
            
            
            
            
            
            
             蛋白質は、
アミノ酸と呼ばれる物質が、数珠のように長く連結された鎖から出来ています。DNAと違い、蛋白質では、この1本の鎖だけが折り畳まって小さな球状の形を形成します。
             生物が使用しているアミノ酸は
20種類ありますが、これらは様々な組み合わせでつながっています。アミノ酸の種類をアルファベットで表すと、アミノ酸の配列は、1次元的な長い文字列になっています。
            MVGSLNCIVAVSQNMGIGKNGDLPWPPLRNEFRYFQRMTTTSSVEGKQNLVIMGKKTWFSIPEKNRPLKGRINLVLSREL
            KEPPQGAHFLSRSLDDALKLTEQPELANKVDMVWIVGGSSVYKEAMNHPGHLKLFVTRIMQDFESDTFFPEIDLEKYKLLP
            EYPGVLSDVQEEKGIKYKFEVYEKND
                               蛋白質のアミノ酸配列の例
             このアミノ酸配列が異なれば、違う形や、違う働きを持った蛋白質になります。
            
            
            
            
            
            
             このように、DNAも蛋白質も、長い鎖のような構造をしており、1次元的な長い文字列で表せます。
また、DNAが持つ遺伝暗号の中には、いつ、どこで、どの蛋白質が働くべきかという情報が書かれています。このうち、蛋白質のアミノ酸配列をコードしている部分を、遺伝子と呼びます。
             では、遺伝子はどのようにして、蛋白質のアミノ酸配列をコードしているのでしょうか?
             これは、生命の暗号を解読する問題と言えます。
             すなわち、DNAに書かれた「生命のプログラム」を解読する問題です。
             1960年代、この遺伝暗号の解読が行われました。その結果、3つの塩基(3文字の暗号)が1つのアミノ酸(1文字の記号)に対応することが明らかになりました。例えば、次のように、文字列の置き換えによって、遺伝暗号は解読できたのです。
              

                      DNAの塩基配列(上段)と蛋白質のアミノ酸配列(下段)の対応関係
            このように、各アミノ酸に対応する3つの塩基配列のことを、
コドンと呼びます。
             生体内で蛋白質が作られるとき、実際にはまず、DNAを鋳型にして、RNAが合成されます。このとき、DNAが持つ遺伝情報は、そのままRNAに「転写」されます。
             その次に、RNAが持つ3つの塩基配列を、1つのアミノ酸に置き換えていく「翻訳」というプロセスを経て、蛋白質が合成されます。このように、「DNA → RNA → 蛋白質」という遺伝情報の流れを、
セントラルドグマと呼びます。
             これで、遺伝暗号解読の問題は、もう解けてしまったかのように見えました。
             しかし、実はまだ、さらなる難問が待ち受けていたのです。それが、第二の遺伝暗号解読問題です。