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バイオエネルギーをつくる

   〜私たちの決意表明


 2011年3月、未曽有の大震災が起きた。原子力発電所も大きな被害を受け、大量の放射性物質を放出し、人的影響への懸念が問題となっている。運良く生き残った自分には、震災復興のために何ができるのだろうか?

 原発問題は社会問題へと発展し、その是非が問われ始めている。一方で、現在のエネルギー資源の主流は石油・石炭などの化石燃料であるが、化石資源の枯渇は近々の重大問題である。ここでは、原発の是非については議論しない。しかし、原発や化石資源に代替するエネルギー資源が容易に手に入るのならば、議論は簡単になるかもしれない。

 震災の数か月前に見た新聞記事を思い出した。ボツリオコッカス・ブラウニーという藻類が、光合成により、重油に相当するアルカン(炭化水素)を大量に作るのだという。このように、生物が作り出す重油、軽油、エタノール、水素などのエネルギー資源を、バイオエネルギーと呼ぶ。休耕田などを利用してこの藻類を培養すれば、大量の重油を得ることができ、日本は石油を輸入する必要が無くなるかもしれない。では、生物はどのようにしてバイオエネルギーを作り出すのだろうか?

 生命活動における主要な物質は、DNAとタンパク質である。DNAがコードしているのは、いつ、どこで、どのようなタンパク質を作るのかという情報であり、生命現象は、実際にはタンパク質によって駆動されていると言ってよい。したがって、藻類がアルカンを作るとき、実際に働いているのはタンパク質 (酵素) のはずだ。

 私はこれまで、生命を駆動する根源的物質であるタンパク質の研究を続けてきた。特に、タンパク質の構造と機能がDNAにどのようにコードされているのかという問題の解決を目指している。この問題は「タンパク質のフォールディング問題」と呼ばれ、第二の遺伝暗号解読問題と位置づけられる未解決の難問である。もし、この暗号解読ができれば、欲しい機能を持った有用なタンパク質を、計算機上で自由自在に設計できるようになるだろう。ウイルスや細菌を標的にしたタンパク質医薬品の創製や、石油相当のアルカンを合成する産業用酵素の創出も夢ではない。

 しかし、第二の遺伝暗号解読問題が未解決の現在、タンパク質デザイン法の主流は、既存タンパク質に様々なアミノ酸置換を導入し、機能が向上した変異タンパク質を選別する進化分子工学的手法である。これにより、抗体医薬品や洗剤用酵素など多くの製品が実用化されている。

 そこで私の研究室では現在、タンパク質のフォールディング問題に取り組むと同時に、これまでの知識を生かしたタンパク質デザインを行っている。

 このような背景を生かして、何とかしてエネルギー問題に取り組むことはできないだろうか? 藻類が持っているアルカン合成の酵素を高活性化できれば、何十倍、何百倍にもアルカンを合成できるようになるのではないか? これならば、タンパク質を扱ってきた我々にも可能なのではないか?

 2011年4月、学生と一緒に文献を調べてみた。ボツリオコッカス・ブラウニーはまだ遺伝子解析が終わっておらず、アルカン合成酵素は未知だった(当時)。しかし、修士1年の渡辺君が、ラン藻(シアノバクテリア)由来のアルカン合成酵素が2010年に同定されたという論文を見つけ出した。その論文によると、ラン藻はこの酵素を用いて、光合成により、軽油に相当するアルカンを作り出す。必要なのは、太陽光と二酸化炭素と海水のみである。また、この酵素を大腸菌に入れると、大腸菌が軽油を作れるようになるという。つまり、アルカン合成の鍵はこの酵素だ。ならば、この酵素を高活性化すれば、軽油を効率的に得られるのではないか?

 しかし、この論文を読んだ世界中の研究者が、同じことを考えるかもしれない。おそらく熾烈な争いになるだろう。では、いずれ世界の誰かがやるのならば、自分は他のことをやるべきか? 様々な葛藤がよぎった。しかし、震災の被害を考えると、手を引くことは考えられない。自分たちにできる精一杯のことをやり遂げたいと思った。

 我々は、この酵素を高活性化し、バイオエネルギー創出を高効率化することに賭けてみることに決めた。我々の武器は、第二の遺伝暗号解読問題に取り組んで得られた知識である。酵素の高活性化という目標達成のために、二つのアプローチで取り組んでいく。一つは経験的設計であり、進化分子工学的手法などを用いて大量のアミノ酸置換変異体を作成し、高活性化酵素を選別していく。もう一つは合理的設計であり、アルカン合成酵素の活性部位の立体構造を模倣して、新規の有用酵素を創出する。これはタンパク質デザイン分野での最先端技術であり、ほとんど成功例はないが、恐れずに取り組む。これに成功すれば、日本独自のバイオエネルギー生産技術を獲得しうる。

 運良く、この研究計画をサポートして頂ける研究費も得られた。また、この研究に興味を持つ学生たちも集まってくれた。研究室の皆とともに、今の自分にできる精一杯のことを、全身全霊を込めて取り組んでいきたい。(2012年4月 新井宗仁)

 

新井 宗仁

東京大学 大学院総合文化研究科
広域科学専攻 生命環境科学系

東京大学 教養学部 統合自然科学科
統合生命科学コース


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